月の記録 第16話


「スザク、大丈夫ですか?」

掛けられた声にハッとなり顔を上げると、そこには不安に瞳を揺らしているユーフェミアがいた。しまった、今は彼女と食事をしていたのだと慌てて我に返る。
テラスに用意されたテーブルで彼女は軽い昼食を、スザクはそれよりもしっかりとした食事を用意され食べ進めていたのだが、もの思いに更けていて、食は全く進んでいなかった。 あの日のショックで食が細くなっているユーフェミアは仕方ないとしても、騎士は体が資本だからしっかり食べなければいけないのに。

「申し訳ありません、ユーフェミア様」

慌ててスザクが謝ると、ユーフェミアは優しく微笑んだ。

「スザクが疲れているのは仕方がない事です。無理はせずに休んでください」

護衛は他の者に頼みますとユーフェミアが辺りを見回したので、スザクは慌てて止めた。肉体的な疲れはないのに休む訳にはいかない。

「ありがとうございます、ユーフェミア様。そのお言葉だけで疲れが吹き飛びます」

にっこりと作り笑いを浮かべて言うと、安心したように彼女は笑った。

「まあ、スザクったら」

ころころと愛らしく笑う彼女を見て、ああ、あの日の恐怖はだいぶ取れてきたんだなと安堵はしたが、やはり内心は穏やかでは無かった。
ユーフェミアは、無事だった。
あの時、動けないルルーシュと、震えるユーフェミア、どちらも抱えて逃げる方法があったはずだ。あったのに、それに気づかず彼を見捨ててしまった。ユーフェミアを傍に置いて瓦礫をどかすぐらいできたはずだ。怪我をしたルルーシュを抱え、ユーフェミアの手を引き逃げ出す事が。
だが、それはもう終わってしまった過去。
替えられない過去の出来事。
それが解っていても、あの日の事を後悔し続けていた。



2日前のあの日、テロリストの襲撃で崩壊した屋敷から生存者を救出するため、ユーフェミアから許可を得、スザクはKMFを1騎借り瓦礫の撤去作業に参加していた。大きなコンクリート片を持ち上げるたびに血に濡れた床と、嘗て人であった残骸が姿を現し、そのたびに不安が胸を黒く染めていった。原形をとどめていない遺体があっても、服装で判別はできる。・・・彼では無い。それは安堵でもあり、同時に次見つけるのはこの姿の彼かもしれないという恐怖でもあった。
でも、まだ生きているかもしれない。
可能性はゼロではない。
彼が無事な可能性はある。
彼の目の前には瓦礫の山があった。その山に覆いかぶさるような大きな破片が落ちていたなら、彼は破片と山の隙間に入り、奇跡的に助かることもあり得る。彼は運がいいし、護衛がいるともいっていた。だからきっと・・・。
多くの救急車、消防車、そして警察車両が集まり、近くの基地からやってきたKMFと軍人も加わり、作業は急ピッチで進められていく。報道規制が入っているのだろう報道関係の姿は見えなかった。
運ばれていく、人であったものを視界に収めないようにしながら、彼がいたと思われる個所を中心に掘り進める。だが、瓦礫の大半を片付け、あの時見た瓦礫の山らしきものも見つけたのだが、彼の姿は何処にも無かった。

「本当に・・・護衛が・・・?」

彼を救い出し、連れ出したのだろうか?
それならば、喜ぶべき事だ。
人前に姿を見せないという風変わりな護衛が彼の傍にいて、人気が無くなった頃を見計らいあの瓦礫から彼を開放し、ここから連れ去ったのならば。
それならいい。

「・・・なら、これは何なんだ」

KMFから降り、ルルーシュが居たはずの場所で立ち尽くしていたスザクの眼下に広がっていたのは、おびただしい量の血痕だった。

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